仕事で叱られるということ

最近仕事で良く怒られている。
それは仕事するうえにあたって、いろんな行動をしているからと思いたい。
行動をしなければ、叱られることは少なくなるからだ。
マイナス評価を恐れて何も行動しなければ、行動してマイナスなるより良いと思い始めたら、仕事するものとして、プロとして失格だろう。

仕事は能動的するものだ。

受動的に仕事をするようになってしまうと、仕事がどんどん出来ない人になっていく。

叱るということには愛情がある

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人を叱るにはパワーがいる。
だからこそ、叱られるということは、期待する人に対してパワーを使ってくれていると思いたい。
自分がどうでも良いと思っている人に対して怒ることはないからだ。

叱られている側にしてみれば、ついついうるさいなって思ってしまうかもしれないが、叱るということには優しさがある。

怒るではなく、叱る。

叱るには何か相手の優しさが感じられる。
自分が困るから叱るっていうのはあるのかもしれないが、叱ることが出来る人は上司になれる人だ。
やはり上司はガミガミ叱る人が良いと思う。
そこには部下に対しての愛情がある。
部下を見捨てた時点で何も言わなくなる。

「良い人になりたい」「嫌な人と思われたくない」という思いがあるから、相手を叱るというのは叱る側にとっても嫌なもんだ。

他人になかなか言えないことを言うというのは仕事以外になかなかないだろう。

上司にこんなことを言われたことがある。

「俺もこんな立場にいなければ、プライベートの友達であれば、お前にこんなことは言わないかもしれないな」

プロとして人に言いづらいことを言える人は仕事が出来る人だ。

叱られやすい人であれ

叱られやすい人っていうのは確かにいる。
叱られて伸びるタイプと褒められ伸びるタイプがいたりする。
叱られてしまうと仕事が萎縮して、行動出来なくなる人は褒められて伸びるタイプだろう。

自分は叱られる方が良いと思う方で、褒められると謙遜して、そんなことはないとダメなところを自分からズラズラ言ってしまい、それに対して叱られてしまうタイプである。
自己アピールが下手なのだ。

しかし、叱られない人は仕事が出来るかというとそうでもないこともある。
叱っても意味がない人か、叱られることで逆恨みするような人もいる。
そんな人を叱るのは、疲れるし、愛情を持てる相手ではないだろう。

そういう叱られない人にはなりたくないと思ってしまう。
叱られてなんぼと思う。
叱ってくれる人がいなければ、悪いところを自分でなかなか気づくのは難しい。
自分を客観的にみるのはかなり難しい行為だからだ。

「叱ってくれてありがとう。」

叱られているときにはそんなことを思うことはなかなか難しいものだが、そんなことを言えるぐらいのレベルに達したいものだ。

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