会社の半強制的な飲み会が面倒くさいと思ってしまってはいないだろうか。
なんの本に書かれていたか忘れてしまったが、学生時代に読んだ本に出てきた言葉で、今でも印象に残っている言葉だ。
会社の飲み会に行こう!
この時期の歓送会や年末の忘年会などコミュニケーションをとらせる名目もあって、会社での半強制的な飲み会が開催されたりする。
若いときは体力もあるし、仕事も今よりも残業が当たり前ではなかったこともあり、良く会社の同僚と飲みに行った。
やはり、職場での話は仕事の話になってしまうので、プライベートの話は飲み会の場になるだろう。
普段の職場ではあまり話さなかったけれど、こんな趣味を持っていたのかと発見があったり、こんなに話す奴だったのかと違う一面が見れるのが飲み会だった。
最近はそんなノミニケーショーンが希薄になっている気がする。
だから、同じ課の人が辞めているのに知らなかったりするのだ。
そんな記事も書いたのだが。
会社の帰属意識が極端に低いのだ。
ただ、それは本人側の問題もあるとも思うのだが。
会社を辞めるのは、会社が嫌になったのではなく、一緒に仕事をしている人が嫌になったからだ。
仕事をしていると会社自体はある意味、仮想的なもので、会社の代表である社長と話したことある人なんて稀で、退職するときに会社が、社長がというのが理由で辞めるというのは小さな会社ではそういうこともあるかもしれないが、ある程度の大きさの会社では、会社を辞める理由は一緒に仕事をしている同僚や上司が原因なのだ。
個人が尊重される昨今、会社の飲み会をそこまで強制するなと言われたり、半強制的な飲み会に対して、その飲み会は残業代が出るですか?なんて聞いてしまう新人もいるという話も聞く。
飲み会に行って、その飲み会には行かなければ良かったという場合もあるのかもしれないが、その場合の方が少ないのではないか。
むしろ、行くまでの面倒くさい等の感情の気持ち的には嫌だなと思っていただけで、行ってしまえば、行って良かったと思える方が多いのではないだろうか。
人は変化を嫌う傾向にあるので、毎日の変化ない日の方が楽なこともある。
まあ、それが続くとつまらないって感情も沸いてくるが。
また新たな人と出会うために
人と会うということは、パワーを使うものだ。
だからこそ、どうしても億劫に感じてしまうこともある。
けれども、
人生の転換期、ターニングポイントは人との出会いだ。
人生の転換期である就職も結婚も人との出会いだ。
人と会わなければ、何も変わらない。
あと人生も残り少ないとわかったとき、何をするか。
今まで生きてきた中で、会ってきた人に出来るだけ会ってまわりたいと考えている。
人との出会いはそれだけ大きな行動だと思う。
「人生は人と会うこと」と言い切っても良いぐらいだ。
一期一会という言葉もある。
人と出会うを大切にしたい。
さて、次に出会う人はどんな人なのだろうか。
そんなことを考えるとまた人生も面白くなる。